名古屋市昭和区の井上さん邸
~念願の「自分の城」~
今回は名古屋市昭和区にお住まいの井上洋一さん宅にお邪魔しました。井上さんは脳性まひで室内、屋外とも電動車いすで移動されています。日常生活のほとんどの場面で介助が必要です。平日は名古屋市西区にある「生活塾」の会長をされています。福祉ホームに4年間住んでからの一人暮らしです。お住まいは築30年の鉄筋コンクリート造、賃貸マンションの1階です。僕が設計士として関わっています。(2005年4月の記事)
どん:お邪魔します。マンションにしては道路と玄関との高低差がとても少ないですね。
アプローチの高低差
車道からの高低差が少ない。市営住宅などは必ずと言っていいほど
階段3・4段分の高さのスロープが付いている。
井上さん(以下、井上):そうなんです。まずそこが気に入りました。
どん:玄関内部はスロープになっていて、玄関ドアには自動ドアクローザー[*1]が付いています。
[*1]自動ドアクローザー:開き戸(マンションの玄関ドアなど)を自動で開閉する装置。数社から製品が出ている。 これはアブロイ社製。
井上:一人で帰宅することもあるのですが、リモコンボタン一つで解錠し、ドアが開くので家への出入りに介助は必要としません。インターホンはカメラ付きで、玄関や寝室から来訪者への応対ができます。「はーい」と大きな声を出せば自動に外と話ができるハンズフリーの製品です(※Panasonic製)。
キッチン側から玄関を見る。玄関の段差はスロープで解消。
上部に少し自動ドアクローザーが見える。
どん:室内も段差がありませんね。
井上:改造する前から室内には段差がありませんでした。寝室として使っている一番南側の部屋が和室なので、畳の上にホームセンターで買ってきたウッドカーペット[*2]を敷いています。思ったよりも薄かったので段差は気になりません。
[*2]ウッドカーペット:フローリング調の化粧合板や無垢の板を不織布などで裏打ちして巻き取れるようにしたもの。木製じゅうたん。工事を伴わず簡単にフローリングの床にできるが、厚みの分段差が生じる。
どん:一般的に和室は敷居分の段差があることが多いのですけど、良い物件に巡り会いましたね。
井上:建物だけでなく、大家さんもとても理解のある良い人です。改造に関しても壁を壊しても良いと言ってくれたり、退室するときも完全に前の状態に戻さなくても次の人が使えればいいよ、と言ってくれて。
どん:本当に理解のある大家さんですね。
井上:キッチンも元々あったものが小さく使いにくそうだったので、それは処分し新しいキッチンを入れました。調理スペースが広々としてヘルパーさんにも好評です。僕は料理をしないのでキッチンは一般的な製品です。あと洗濯機置き場がなかったので、キッチンの横に洗濯機置き場を設けました。
どん:公営住宅だと、現状復帰のために元々あったものを取っておかなければならないので、キッチンを入れ替えるのは難しいですが、これも大家さんの理解があってのことですね。それでは次に浴室を。
井上:浴室ですが、まず扉が狭かったので(※64cm)壁を壊し、新たに幅広のアルミの折れ戸にしました。
左側の扉がトイレ、右側の扉が浴室。浴室の扉は広げてアルミ製の折れ戸に変更した。
角度を変えて見たところ。リフト支柱が2箇所あることが分かる。
どん:有効開口幅は74cmです。
井上:浴槽はこの浴室に入る一番大きいサイズ(※90cm×70cm)の浴槽を選び、洗い場にはスノコを設けました。一番の改造はリフトを付けたことです。リフトを付けるにあたってはメーカーの担当者と、メーカー下請けの工事会社と、全体の工事をする大工さんと、設計士と自分との5人で、実際の現場や図面上でシミュレーションをして、リフトの設置位置やアームの長さを考えました。
どん:浴室に入るのに段差がありますが。
井上:車いすのまま浴室内に入るわけではなく、浴室の入り口手前でリフトで吊りあげるので、水漏れのことを考えて段差はそのままにしました。入浴の手順ですが、浴室の前で車いすに座っている状態から、脇と膝で吊りあげるツーピースタイプ[*3]の吊り具で吊ってもらい、浮いている間にメッシュタイプ[*4]の吊り具を床に敷き、そこに降ろしてもらって、脱衣をした後、また吊ってもらって浴室に入ります。
どん:このリフトは床面まで問題なく降りるので良いですね(※ミクニマイティエース)。あまり下まで下がらない製品も中にはありますので。
井上:風呂場ではリフトで浮いた状態で身体を洗ってもらうことが多いです。ヘルパーさんも腰が楽だと言っています。長くは吊られていられないので、辛くなった時は洗い場に降ろしてもらって寝転がって洗っています。
どん:それではトイレですが。
井上:トイレもリフトで吊ってもらって車いすから便器に移乗します。リフトの巻き上げユニット[*5]が取り外しできる製品を選んで、浴室と付け替えて使っています。トイレも入浴同様全介助です。元々和式便器でとても狭いトイレだったので、扉はできるだけ大きくして(※幅90cm)入りやすいようにしました。
どん:引き戸を取り付けるのが物理的に困難だったので、あえて安価で故障の少ない開き戸になっています。
井上:名古屋市では日常生活用具の特殊便器[*6]という種目が便器一体型(限度額151,200円)と便座型(同122,800円)に分かれるのですが、使い勝手を考えて奥行きの少ない便器に別売のシャワー便座を取り付けたところ、単価の安い便座型になってしまいました。
[*6]特殊便器:足踏みペダル等で温水温風を出し得るもの及び知的障害児・者を介護している者が容易に使用し得るもので温水温風を出し得るもの。対象者 は上肢障害の2級以上の方又は知的障害の重度以上で訓練を行っても自ら排便処理が困難な方(原則として学齢児以上)。耐用年数は8年。
どん:全国的に特殊便器の限度額は151,200円になっていて、便座型だと安いというのは僕の知る限り名古屋市くらいです。だいたい一体型になっている便器なんて一般的ではないですし。リフトですが問題なく動いていますか?
井上:一度だけ上がったまま降りることができなくなったことがあります。その時はちょうど背の高い男性ヘルパーだったので、何とか降ろしてもらえたのですが。非常用に手動で降ろす機能が付いているのですが、これも効かなかったんです。メーカーによると原因は不明ということでした。
どん:それはちょっと心配ですね。福祉ホームからこちらに引っ越して一年と数ヶ月が経ちましたが。
井上:日常生活的にはたいへん満足しています。不満と言えば、車いすで転回するには室内が少し狭いということです。まっすぐ走るにはいいのですが、転回するとなるとあちこちにぶつけてしまいます・・・。あと電気のアンペアが20Aしかないのでブレーカーが落ちることがあります。また、玄関ドアが少し狭く(※幅75cm)、スロープ脇の壁にガス管や給湯器が付いていて、スロープを上がるときにぶつかってガスが漏れないかと、心理的なプレッシャーになっています。
どん:やはり住んでみるといろいろありますね・・・。他には?
井上:僕の一人暮らしに反対していた親父を、実家で暮らすより名古屋の方が暮らしやすいと説得しました。最初の頃は頑として僕の話を聞かなかった親父が、不動産屋をあちこち回り、この物件を見つけてきて親父にも見てもらったり、設計士を交えて打ち合わせをしたりするうちに、あらゆる制度を使っていけば僕のような重度障害者でも地域で一人暮らしをしていけるということをだんだんと理解してくれました。このことが僕にとって一番うれしかったです。次第に親父も協力的になり、ここの改造資金も援助してくれました。
どん:それは良かったですね。一人暮らしをしたいけど親に反対されている人にとっては、とてもためになる話だと思います。今日はどうもありがとうございました。
井上さんのお宅の工事にかかった金額は195万円で、名古屋市の住宅改造の補助金(80万円が上限)や日常生活用具の制度を使い、そのうち自己負担は80万円程度でした。玄関(自動クローザー)、浴室(リフト)、トイレ、キッチンと改造してこの金額で収まったのは、最初から床の段差がなかったことが大きいと思います。自分の城を持ち、自分らしい生活をおくっている井上さんでした。