名古屋市近郊のAさん邸

~車いす利用者の新築住宅~ その2

前回は「設計とは何か?」ということを、実際に設計をした住宅を例にしてお話ししました。 今回はそのお宅にお邪魔して、一年あまり住んでみての感想をお聞きしてきました。

建て主は名古屋近郊に住むAさん家族。ご夫婦とお子さん1人の3人家族です。 旦那さんは足に少し障害がありますが歩行可能、奥様は手動車いすと杖を併用して生活されています。 今回住まいを建てるにあたり、僕に設計を依頼してくれました。

どん:お久しぶりです。

Aさん妻(以下、妻):どうぞいらっしゃいませ。

どん:まず駐車場と玄関前のスロープですが。

kh-03
駐車場と玄関スロープ

妻:私たち夫婦は車を使って出掛けることがほとんどなので、駐車場に屋根を付けるのは優先順位の高い要望でした。駐車場の屋根がスロープの上まで広がっているので、雨の日でも車から降りて、雨に濡れずに家の中まで入れます。スロープは12分の1勾配で、私が車いすで上がって行くには十分緩い勾配です。

どん:車いすでの車の乗り降りは時間がかかるので、屋根がないと辛いですよね。それでは玄関ですが。

kh-04
玄関ポーチ(大きい屋根が掛かっている)

妻:玄関は引き戸で、幅が広いので(有効開口90cm)、車いすでも出入りが楽です。鍵の位置も車いすで使いやすいように、普通より低い位置に付けてもらいました。郵便受けが玄関の横にあって、外に出なくても、室内から新聞や郵便物を取ることができます。玄関内は外出用の車いすと室内用の車いすの乗り換えができるように少し広めにしてあります。また造り付けの下駄箱が、靴の履き替えの時に座れるようになっていて、補装具を取り外すときなど役に立っています。廊下は車いすで通りやすいように一般の家よりも少し広くなっています(内法90cm)。

kh-05
玄関(郵便受けと造り付けのいすが見える)

kh-06
玄関(奥に屋外用車いすを置いておける)

どん:それではリビングですが。

妻:リビングは天井を高くして明かりを多く取り込めるようにしました。

kh-08
ダイニングからリビング吹抜を見る

kh-09
リビングからダイニングを見る

どん:設計時の要望がまず第一に車いすで生活できること、次に明るいリビングにしたいということで、リビングは吹き抜け空間としました。その吹き抜けに階段がありますね。

妻:階段には後で階段昇降機[*1]を付けました。階段は上りやすいように少し幅を広くしてあります(内寸90cm)。

[*1]階段昇降機:いすが階段を上り下りする昇降機。後付けで工事をすることが多い。 Aさんのお宅で使っている階段昇降機は中央エレベーター工業(株)の「ステップリフト」まっすぐ階段用S型。 設置費用込みで54万5千円(消費税別)。
kh-chu-01

kh-11
階段昇降機

どん:キッチンですが、設計時にショールームに行ったり、色んな案を考えたりしましたが、実際使ってみていかがですか?

kh-10
キッチン

妻:冷蔵庫、シンク、調理スペース、コンロ、配膳カウンターとコの字に並んでいて[*2]、あまり動かなくてもスムーズに使えます。キッチン内ではキャスター付きの事務チェアを使っているので、簡単に体の向きが変えられます。

[*2]冷蔵庫、シンク、調理スペース、コンロ……:
kh-chu-02

Aさん夫(以下、夫):配膳カウンターと食卓テーブルが同じ高さなので、配膳も楽です。

妻:キッチンの高さは車いすで使いやすい高さにしました(高さ70cm、シンク下部の開口高さ50cm)。

夫:立って使っても、腰が痛くなることもなく、僕には問題なく使える高さです。

妻:キッチン下部は足が入るように何もないので、ホームセンターでちょうど良い大きさのキャスター付きのワゴンを買って来て、調理道具をしまっています。

どん:それでは次に洗面室、浴室を。

kh-13
洗面・脱衣室

妻:洗面台は車いすで使いやすいように一般の洗面台の位置より少し低く付けました(高さ70cm)。

夫:立って使っても何も問題はありません。

妻:洗濯を干すベランダが洗面室から近いので便利です。浴室は洗面室から段差なく入ることができます。扉も引き戸です。浴槽は腰を掛けて移乗できる浴槽[*3]を選びました。跨ぐ高さが低いので、今は跨いで入っています。手すりは実際に試してから付けてもらいました。

[*3]腰を掛けて移乗できる浴槽:
kh-chu-03

kh-14
浴室

夫:その浴槽はINAXの「高齢者配慮浴槽」という商品なのですが、サイズが一種類しかなく、僕は足が曲げにくいので、もう少し浴槽内に長さがあれば、足が伸ばせて良かったのですが。

どん:あまり大きいと溺れる危険性がある、ということでの高齢者配慮かもしれませんね。洗面室と浴室はほとんど段差はないですが、水が洗面室に流れてくることはありませんか?

夫:それは今のところ全然問題ないですね。

どん:それでは寝室ですが。

妻:畳が好きなので、畳の上に布団を敷いて、子どもがまだ小さいので川の字になって寝ています。

夫:畳に座って使える書斎机を作りました。最初は床の間を作ろうと思っていたのですが、設計時に色々考える内に、下部は座卓、中段に本棚、上部に押入という形になりました。

kh-12
寝室の隅にある造り付けの書斎机

どん:バリアフリーとは関係ないところで、何かおすすめはありますか?

妻:自然素材を使いたかったので、床を杉板のフローリングにしました。触れた感触や香りが心地良いです。また、壁もしっくい塗りで自然な風合いが気に入っています。

夫:アルミサッシはすべてペアガラス[*4]になっています。断熱効果が高いということですが、今年の夏でもほとんどエアコンは使っていません。

[*4]ペアガラス:
kh-chu-04

どん:外壁の内部に空気層があり、熱せられた空気が屋根から出ていく通気工法を取り入れたり、断熱材もしっかり入れてあることも断熱効果に貢献していると思います。

妻:窓を開けっ放しにしておくと風がよく抜けるので、それも涼しさに貢献していると思います。あと、庭に車いすでも降りられるようにスロープを付けたので、もし火事などが起きたときでも二方向に逃げられるので安心です。

kh-16
2階子ども部屋の吹抜に面した窓

kh-02
建物南側(テラスとスロープ)

どん:快適性だけでなく、いざという時のことも重要ですね。今日はどうもありがとうございました。

Aさんのお宅は前回お話ししたように、設計に約9ヶ月、打合せ回数にして17回の打合せを行いました。かなり細部まで詰めて打合せをしたので、色んなところにこだわりがあります。スイッチやコンセントの位置、窓の高さ、廊下の幅、扉の幅など、すべて一緒に考えて決めてきました。やはり住まいはこだわってこそだと思います。なんといっても「世界でひとつだけの我が家」なのですから。